ドイツ映画   DAS BOOT

映画邦名「Uボート」は1981年に旧西ドイツで発表され、日本では82年に公開された。戦争映画の傑作だと思う。
同じ年に映画「E・T」が大ヒットした。まったくジャンルの違う映画だが、両方とも観た記憶が鮮明にある。

第2次大戦の戦敗国が作った映画としては、日本では情緒的な作品が多いように感じるが、この作品は戦場の悲惨さを思想的によく表現しているように思った。

2014052822374325a

お金をかけて作ったわりに、戦場のリアリティーが希薄な「作り物」臭い映画が邦画には多いのではないだろうか。ミーハー人気の若手大根役者を起用したぶん、そのとってつけたような演技にしらけてしまうことがある。

同じ「敗戦国」でありながら、戦争映画「Uボート」には一筋縄ではいかない深みがあるのではないだろうか。ドイツ映画にはなじみがないせいか知らない役者ばかりだが、演技も優れているなぁと感心した。
薄っぺらい「反戦映画」ではない彫りの深さと工夫があると思った。

私の場合、軽い閉所恐怖症の気があるようで、夜中にふと目覚めたとき寝室が真っ暗だと窒息の妄想が浮かぶことがあるので、この映画で嫌と言うほど体験させられる、狭くて暗い潜水艦内の息苦しさは格別にリアリティーがある。

総員50名足らず、全長66メートル、総トン数わずか800トン前後の潜水艦「U96」の艦内は、まるで「鰻の寝床」さながら。出撃から何ヶ月も続く緊張の海中任務は、敵艦のソナー探知を避けるために息を潜めての神経戦だ。電源が切れれば真っ暗闇。
大戦中、このタイプのUボートが一番多く製作されたらしい。

敵駆逐艦からの容赦ない爆雷攻撃に晒されるときの大音響と、水圧に揉まれながら艦がきしみ、悲鳴のような金属音がこだまする恐怖感は、まるで自分が窒息しそうな臨場感がある。すごい迫力だ。

images

こんな過酷な条件下で、極限の緊張を強いられた当時のドイツ青年たちの言語に絶する苦闘、団結、希望、絶望・・・・・・詰まる所は、戦場の無慚さを圧倒的なリアリティーで描ききった名作だと思う。
しかも日本映画によくある、過剰な感傷の押し付けがほとんどないことが私には好感できた。戦争の悲惨さは、湿っぽい「情緒」で流せるようなものではないと思うからだ。

急死に一生を得る戦闘のなか大きな戦果をあげてやっと寄港できるかと思いきや、休む間もなく、敵が支配する狭いジブラルタル海峡を突破せよという追加軍命が下る。かなり無理な作戦で、まるで艦を死地に追いやるような命令だ。

戦況は厳しく枢軸国は追いつめられていた。
国情は違っても、軍事行動に窮すれば同じたぐいの理難題が降ったことだろう。そしてドイツでも、そのために多くの前途ある青年の命が使い捨てにされたのだ。
平和を思考する場合にこの歴史事実を捨象してはならない。

しかも皆が皆、ナチスを信じて戦ったわけではないことを見逃せない。「運命」に従っただけなのだ。
人は所与の条件のなかで精一杯生きるしかないのだ。それがいかに不条理で劣悪な条件であっても。

そもそもが無謀な作戦なので艦はあっさり発見され、海峡で激しい砲撃を受け、あっという間に280メートルもの海底に沈下座礁。最大安全潜航深度の3倍近い。
海底の砂地で降下は止まり、奇跡的に命拾いしたが、艦そのものが水圧に潰される危機が迫る。音を立ててきしむ艦。あちこちで水圧による浸水との戦いが息つく暇もなく続く。生死の境での乗組員の死闘こそ、この映画の白眉ともいえるシーンだと思う。
観ている誰もが若者たちに生き延びて欲しいと願うだろう。

百戦錬磨の艦長の冷静にして正確な指示、智慧と勇気ある機関長、部下の機転と応急処置には、こちらも椅子から腰が浮いてしまうような迫真性がある。本当に手に汗が滲んだ。

images (3)
深海で、死にもの狂いの応急措置

映画の冒頭で短い解説が出るが、第二次大戦では、約1,100隻が建造され、終戦までに商船約3,000隻、空母2隻、戦艦2隻を撃沈するという大戦果をあげたという。
その裏で、乗組員の実に4分の3は戦死という痛ましい事実のあったことを私は知らなかった。全ドイツ軍の他のあらゆる部署よりもはるかに高い死亡率であったらしい。
そこには、まだ闇に埋もれたままの悲惨な事実があるに違いない。 今も、時々大戦時の沈没Uボートが海底で偶然発見されるようだ。痛ましい戦跡だ。

結末では、登場人物のほとんど全員が陸にあがった途端に、空襲で戦死してしまう。九死に一生を得たと思った途端に。乗組員に付き添ってきた誰しもがそう思わざるを得ないほど、戦争の不条理さを描いたのだろう。
あとに残るのは、空しい消耗感だけ。そこに映画製作者たちの悲願にも似た強いメッセージがあるのではないかと思う。

戦争の圧倒的な不条理さを、ドイツ人の立場から全世界に訴えた。この映画が不朽の名作である由縁だ。
最近の日本の戦争映画に、このリアリティーがどれだけあるだろうか。「テレビゲーム」まがいの安っぽい戦場シーンが、かえって戦場のリアリティーを妄失させてはいないだろうか。そのほうが都合が良いと陰謀をめぐらす「おとな」がいるかもの知れない。

images (6)
全ドイツで4万人の乗り組員のうち、実に3万人もの前途ある青年が帰ってこなかったという。言葉にならない無残さが胸に強く迫る。
彼らを「英雄」だなどと賛美するあざとい詐術を峻拒する反戦映画だ。歴史に小賢しい嘘をつかさせない骨太の思想性を感じた。
21世紀日本に生きる多くの青年に観てもらいたいと思った。

いつの時代も、無責任な大人が戦争を起こし、青年の純粋な心と尊い命を奪うのだから。
そして、「おとな」だけは狡猾に生き延びる。

そういえば、模擬体験用の潜水艦が呉市にあった。
無邪気に楽しんだ艦内見学をふと思い出した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA