‘Is there a Santa Claus?’(2) 懐疑主義への反論

 120年前のこの有名な社説を繰り返し読んで見て、やはり一番印象深いのは、冒頭にある「懐疑主義」への強い批判ではないだろうか。
8歳の子供の素朴な疑問を逆手にとって、この時代の精神の危機を鋭く指摘しているのだと思う。
 学校で友達から「サンタクロースなんていないんだよ」と言われ、ショックを受けた少女ヴァージニアは父に疑問をぶつけてみた。本当にサンタクロースっていないのかどうか。親子の対話が脳裏に浮かぶ。
 父はニューヨーク警察の検死官だったという。仕事柄、「科学的な実証性」を要求される立場にあったと想像される。合理的に考えてみればサンタクロースの存在についての答えは簡単だ。しかし、父はみもふたもない結論で一人っ子の娘のファンタジーを無慚に潰したくはなかったに違いない。
オハンロン家では分からないことがあればザ・ニューヨーク・サン紙に問い合わせることがよくあったという。インターネットはおろかテレビもラジオもなかった時代、新聞への信頼は高く、そのステータスは今日の比ではなかっただろう。父は愛嬢に問い合わせの投書を出すことを勧めた。
 親の責任を回避しようとしたのではなくて、こんなとき信頼するサン紙の見解を尋ねてみようと思いついたのだろう。

 これを受けた社説は子供への回答という体裁をとりながら、広く社会全般へ台頭しつつある「懐疑主義」に対して反論を試みたのだと思える。疑問を持つ子供を前に父親が記事を読み聞かせながら語りかける姿を想定しているのだろう。
その特徴が冒頭の文面に端的に表現されている。

Virginia, your little friends are wrong. They have been affected by the skepticism of a skeptical age.

「ヴァージニア、君の友達は間違っている。みな今どきの懐疑主義に毒されているんだ。」

そして skeptical age 社会に広がっている「懐疑主義」とは

They do not believe except they see. They think that nothing can be which is not comprehensible by their little minds.
All minds, Virginia, whether they be men’s or children’s, are little.
In this great universe of ours man is a mere insect, an ant, in his intellect, as compared with the boundless world about him, as measured by the intelligence capable of grasping the whole of truth and knowledge. 

 目に映るものしか信じない。狭い料簡でもって理解できないものはその存在を信じられないのだよ。
 だけどすべて人の心というものはね、ヴァージニア、おとなであれこどもであれちっぽけなものなのだ。自分を取り巻くこの限りなく広い世界からみて、せいぜい昆虫か「あり」程度の小さな知性に過ぎない。この広大な世界全体の真理と知識を把握できる知性に比べて。

ここで
intelligence capable of grasping the whole of truth and knowledge. 
で intelligence というのは、直訳すれば「すべての真理と知識を把握することが可能な『知性』」という抽象的な表現だが、それは具体的には「神様」を意識しているのだろうと思う。
全能の神に比べて「人の心」はとても小さいという説教が言外にうかがわれる。
All minds, Virginia, whether they be men’s or children’s, are little.

 そして、ここには考え方の前提として「目に見える世界」と「見えない世界」という、くっきりとした二分法が見てとれる。流行の「懐疑論」とは「目に見えない世界」の存在への懐疑ないしは不信感といえそうだ。

 社説が問題にしているのはたんに「サンタクロースがいるかいないか」というおとぎ話の真偽ではない。罪のないこどものファンタジーを守るためだけでもない。
 それは高まる物質主義の風潮によって伝統的な精神世界・・・・この場合はキリスト教的な世界観だろう・・・・が脅かされているという状況認識にまで格上げされた論説になっているのだと思う。なぜなら「神の世界」は物質としては目に見えない心の世界だからなのだろう。

続けて社説は「目に見えない世界」にある大事な価値を訴えてやまない。

 Yes, VIRGINIA, there is a Santa Claus. He exists as certainly as love and generosity and devotion exist, and you know that they abound and give to your life its highest beauty and joy.
そう、サンタクロースはいるんだ。愛、寛大さ、献身が確かにあるように(サンタクロースも確実にいる)、それは君も知る通り豊かなもので人生に最高の美と喜びを与えてくれているよね。

Alas! how dreary would be the world if there were no Santa Claus. It would be as dreary as if there were no VIRGINIAS. There would be no childlike faith then, no poetry, no romance to make tolerable this existence.
ああ、サンタクロースやヴァージニアがいなかったらどんなに世界はわびしいことか。こどもらしい信じるこころがなければ、この存在(=人生)を耐えられるものにするための詩もロマンスもないことになる。

We should have no enjoyment, except in sense and sight. The eternal light with which childhood fills the world would be extinguished.
子供が世界を満たすあの永遠の光も消え失せるに違いない。

ここでも二分法による世界認識は強固だ。目に見える世界しかその存在を信じないのなら、 こどもの夢の世界を奪うばかりか、 世界はあまりにも殺伐たる荒野と化すという。敷衍すれば神の世界を信じない心の貧しさを嘆いているのだろう。
「We should have no enjoyment, except in sense and sight.」
感覚や視覚以外に人間には何も楽しみはないことになってしまう。
「 There would be no childlike faith then, no poetry, no romance to make tolerable this existence. 」
サンタクロースがいなかったら・・・・つまりこどもらしい信じる心はなくなって、 目に見える世界がすべてというなら、この存在を耐えられるものにしてくれている詩もロマンスもないことになる、という主張だ。
 興味深いのは 19世紀末のニューヨークであっても、「生きること」それ自体が なかなかに「耐え難い」苦悩を伴うことであった( tolerable this existence )というニュアンスが伝わる。

 目に見えない世界を疑う心、すなわち「懐疑論」は潤いのない精神の砂漠のようなもので、そこには詩もロマンもないから、生きることがますます耐え難いものになってしまうというのだ。
これは確かに一面の真実だと思うが、他方、こうした観念論には唯物論者からの厳しい宗教批判をも招きかねない弱点があると思う。

マルクスが「ヘーゲル法哲学批判・序説」のなかで、
「・・・宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。宗教は、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆のアヘンである」
と指摘したのは1843年で、この社説の約半世紀前のことだった。

マルクスは宗教一般を 全的に 否定しているのではないと思う。「目に見えない世界」の価値を「目に見える世界」よりも優先するあまり、現実の社会矛盾に苦しむ民衆の苦悩を麻痺させ、社会矛盾に立ち上がる意思を削いできた伝統教団の反動的な役割を「アヘン」という表現で根本的に批判しているのだろう。
社会矛盾に苦しむ人々に向かって「あなたの心がけ次第」などと説く聖職者の欺瞞を衝いているのだ。

 彼岸と此岸の二分法で西方極楽浄土を乞い望むあまり、「娑婆世界」の社会矛盾への批判の眼を曇らせるような精神効果を与えてきた宗教=「アヘン」との批判を免れないのではないだろうか。

 この社説が発表されてからわずか20年後にはロシア革命が起きた。半世紀後の東京では大空襲直後の廃墟なかで、「奇怪な逆転」 現象を目撃した田善衛が気も動転せんばかりの衝撃を受けた。
 大げさに言えば、まさに「戦争と革命の20世紀」を目前に控えた保守派の警告だったように思った。

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