ワクチン争奪戦と「蜘蛛の糸」(1)

 津波のような新型コロナウイルス禍が、地球を急襲してはや一年余り。急ごしらえのワクチンをめぐって、当初は副作用がないか懸念さえ伝えられた。しかし、始まってみると案の定、国家や人々のあいだで醜い奪い合いや政治利用が起きているようだ。

 たとえば、昨年12月27日(朝刊)の日本経済新聞にはこんな記事が載った
 「ワクチン確保に国際格差
 新型コロナウイルスのワクチン確保で国際格差が広がっている。米国や欧州、日本などが大量のワクチン購入契約を結ぶ一方、アフリカなどの新興国は購入のメドがたっていない。公平分配を目指す国際機関も万能ではない。中国やロシアが新興・途上国にワクチン外交を仕掛ける中、米国や欧州による再配分も検討課題に浮上しそうだ。・・・・」

 さらに驚いたことに、富裕層のためのワクチン接種を目的とする海外旅行(ワクチン・ツーリズム)などが企画され、すでに実施されているいう。

これも、たまたま目に入った朝日新聞2月28日(朝刊)4面には
ワクチンツアー 群がる富裕層
 新型コロナウイルス対策の切り札として期待されるワクチンをめぐり、外国に接種を受けに行く『ワクチン・ツーリズム』が世界各地で出現している。ワクチンの数が十分に行き渡らないなか、各国では高齢者や医療従事者への優先的な接種が進む。だが、大金を払って富裕層が我先に接種を受ける状況が続けば、貧富の格差につながりかねない。・・・・」


 こうした記事を目にすれば、読者は「なんとも浅ましい姿だ、もっと公平にワクチン接種をすべきではないか」と憤慨するだろうし、それが当然だと思う。

 横道にそれるが、連日のニュースは「問題点」の指摘だけに偏っていて、「課題が解決された」という報道は希少だ。だから、却って社会に「欲求不満感」が蓄積することになってはいないか。ニュースを知れば知るほど気分が先鋭になり、そのぶん「不安」や「不満」が蓄積するので、「元気がなくなった」り「気分が滅入る」ような作用はないのだろうか。
例えば、かつて大騒ぎだった「環境ホルモン」など、今はどうなっているのか。

 ところで、上記日経の記事をよく読むと「公平分配を目指す国際機関も万能ではない」とわざわざ断っている。それは、以下のような事実を意識しているからではないだろうか。

COVAXファシリティ|新型コロナウイルス緊急募金|日本ユニセフ協会 (unicef.or.jp)

あるいは、
「WHO最新ニュース
COVID-19ワクチンの平等分配ため各国がCOVAXファシリティに集結
2020年07月16日

COVAXファシリティは GAVI (ワクチンと予防接種のための世界同盟) がCOVID-19ワクチンの公平な普及のために立ち上げた仕組みです。現在COVIDワクチン候補は100以上あり、うち20以上の候補が臨床試験に入っています。
現在75か国が自国の公的予算から、また90の低所得国はGAVIへの寄付金によってワクチンを手当てしようとしています。合計で165か国がCOVAXファシリティに参加を表明しています。
この共同体に参加することで、すでに個別の供給契約を結んだ候補ワクチンが失敗に終わっても別のワクチン供給を確保することができます。これら165カ国の参加は世界人口の60%以上をカバーしています。
COVAXの目標は、2021年末までに、規制当局の承認やWHOの事前承認を受けた20億回分の安全で効果的なCOVID-19ワクチンを提供することにとどまらず、参加国の20%を占める弱者に対して収入レベルに関わらずワクチンの平等な分配を実現しようとするものです。この仕組みは10年前のパンデミックから得た教訓をもとにしています。
         ーーー公益財団法人 日本WHO協会ホーム・ページからーーー

一方、厚生労働省のホーム・ページを見ると
「(2020年筆者注)9月15日に、新型コロナウイルス感染症のワクチンを共同購入する国際的な仕組みであるCOVAXファシリティ参加に係る拠出金への予備費の使用についての閣議決定がなされたことを踏まえ、同ファシリティに参加することとしましたので、お知らせします。
なお、このCOVAXファシリティの仕組みは、我が国におけるワクチン確保のための一手段として、また、国際的に公平なワクチンの普及に向けた我が国の貢献として、意義を有するものであることから、参加に向けた検討を進めてきたものです。」
とある。

 実は、日本は比較的早い段階でこの枠組みに参加しているのだ。
そこで調べて見ると、以下は日経電子版から拾った記事

ワクチン公平供給の枠組み、156カ国参画 米中は不参加
2020年9月22日  
【ロンドン=佐竹実】世界保健機関(WHO)などは21日、新型コロナウイルスのワクチンの公平供給を目指す枠組みに156カ国が参加したと発表した。先進国が開発に先駆けて自国分のワクチンを囲い込もうとする中、途上国にも行き渡るようにする。2021年末までに20億回分のワクチン供給を目指す。
日本や欧州諸国などが参加したのは、WHOなどが立ち上げた「COVAX(コバックス)ファシリティー」という枠組み。参加国の出資を元に製薬会社の開発を支援するほか、共同でワクチンを買い付ける。途上国や新興国も含めた供給体制をつくることで、世界の人口の6割強をカバーできるという。
 今回、米国や中国、ロシアなどは参加しなかった。米国はWHOを中国寄りだと批判しており、コバックスとも距離を置いている。コバックスを中心的に運営する官民連携団体「Gavi(ガビ)ワクチンアライアンス」のバークレー事務局長は「(各国の参加に向けて)引き続き交渉する」としている。
 欧米や中国などの製薬会社が開発を急ぐワクチンは効果が最終的に確認されていないが、数少ない対策として期待がかかる。すでに米国が15億回分、中国は5億回分確保したとされる。英国も人口の5倍近い数の3億4千万回分を確保しており、先進国や資金力のある国に偏る懸念がある。
 もしワクチンが効果を発揮して先進国で終息に近づいたとしても、途上国で広がれば感染は連鎖しかねない。WHOのテドロス事務局長は「(自国分を囲い込む)ワクチン国家主義は病気を広げ、世界的な回復を遅らせることにしかならない」として公平供給の重要性を指摘している。ーーーー」

 日本がきっかけでEUが参加、さらに中国が参加したのは10月。アメリカが参加したのはやっとこの1月、バイデン政権になってからのようだ。もちろん、製薬会社がワクチン開発に及び腰になってしまった日本の事情も背景にあるのかもしれない。
 いずれにせよ、醜いウイルス争奪戦が演じられる一方で、事態をはやくから見越して少しでも公平を期そうとする枠組み(COVAXファシリティー)を普及してきた事実もあったことは、私も含めてあまり知られていなかった。
 ニュースでは大きく注目されていないからだと思う。むしろ、なんとかの一つ覚えではないが、連日の「感染者数」だけに一喜一憂させられている。 

 ところで、この「ワクチン・ナショナリズム」とか「ワクチン・ツーリズム」を指摘する記事を見ていて、ふと私は芥川龍之介の名作「蜘蛛の糸」を思い出した。
たぶん、教科書に載っていたのだろう。短い物語なので多くの方がご存知だと思うが、主人公「カンダタ」が「蜘蛛の糸」をよじ登る絵図さえうっすらと脳裏に蘇った。
 「コロナ禍」がカンダタの「血の池地獄」に、「蜘蛛の糸」が「コロナワクチン」に少し似てはいないかと思いついたのだ。

 私は、この物語を人間の醜いエゴが身を亡ぼすという教訓として学んだからだった。書架にあったこの児童文学を改めて読み直してみた。何十年ぶりだろう。

 しかし、今度はこの作品そのものにも、漠然と疑問を持ったのだ。