「満天の星空」という美しい表現があるが、ネオンサインと大気汚染の中で生活する私のような現代の都市生活者は、空を見上げることなど古代人よりもはるかに少ないのだろう。せいぜいプラネタリウムで疑似体験するのが精一杯だ。
よく「社畜」などと揶揄されるように、長いサラリーマン生活を振り返ってみて、「天体」を満喫できるような心の余裕などは、正直あまりなかった。
私だけではないだろうが。
このたび長期の修復作業が終わって、「特別史跡 キトラ古墳」が一般に公開されるようになった。テレビのニュースで知ったので、せちがらい日常をエスケープして飛鳥人の世界に触れてみようと、昨年10月末にキトラ古墳を含む「国営飛鳥歴史公園 キトラ古墳周辺地区」を訪れてみた。
文化庁公募に応募して「特別見学会」に参加した。
「キトラ」という言葉は「亀虎」とも書くらしいが、近鉄飛鳥駅から直行バスで10分くらい。高松塚古墳からも同じくらいの所要時間だ。
期待に違わぬ古墳壁画の美しさに、思わず時間を忘れて見とれてしまった。



『四神の館』の展示のなかで、とくにマルチ高精細映像はどれも素晴らしいが、私が特に関心を持ったのは、精緻な天文図。
受付でもらった「文化庁 奈良文化財研究所」のパンフレットによると、
「・・・・屋根型の刳り込みのある天井には、東の斜面に金箔で太陽が、西の斜面には銀箔で月が表されています。天井の平坦部には円形の中国式の天文図が描かれています。この天文図は、赤道や黄道を示す円を備えており、本格的な中国式星図としては、現存する世界最古の例です。」
というのだから、その文化的価値は高い。

同研究所が昨年発表した写真資料表紙を見ると、
パフレットにもどると、この古墳は
「・・・・7~8世紀初頭頃に造られたと考えられます。古墳は東西にのびる丘陵の南斜面に位置し、2段の墳丘は、下段の直径が13.8m,上段の直径が9.4mに復元できます。墳丘の中央には、18個の直方体の切石を組み上げた石室があります。・・・・」
確かに「四神の館」の後背地を5分ほど登ると、史跡があった。

鎌倉時代に盗掘(高松塚古墳も同時代に盗掘された)を受けたものの、埋葬された貴人については、
「・・・・石室内からは被葬者の人骨と歯牙も出土し、分析で50~60歳代の男性1体分のものとわかっています。」ということだ。
幸い、古墳のレプリカが展示されていて、埋葬棺のイメージが展示されている。

被葬者が仰向けに安置されていたのなら、天文図はその目線のすぐ先に描かれたのだろう。
「永遠の眠りは宇宙の中」という、なにかとても詩的な空間を創造したものなのだろうか。
この飛鳥人がいつも見上げていた全天を描いたのかもしれない、などと空想すると楽しいが、ことはそう簡単な話ではないらしい。