ナチズムめぐる最近の報道から 

前回、芝健介氏の解説で読み込んだように、映画「ヒトラー最後の12日間」には、ナチズムを正しく理解するには問題点が多いことがわかった。いわば「ヒトラー物語」としての映像の印象だけが一人歩きする危険性を的確に指摘されているのだと思う。

そう考えていた矢先に、日本のアイドルグループがつい最近、ハロウイーンにちなんだイベントめぐって思わぬ国際問題に遭遇した。ナチスのユニフォームに酷似したコスチュームが問題とされ、SNS上で話題になりあっという間に世界中のメディアで報道されたが、たとえば11月1日のCBSNEWS  WEBでは

「TOKYO — Sony Music Japan apologized Tuesday after a popular Japanese all-girls band came under fire for performing in outfits resembling Nazi-era German military uniforms.
The mostly teenage members of Keyakizaka46 appeared at an Oct. 22 concert in black knee-length dresses that look like military overcoats, and black capes and officer caps with a Nazi-like eagle emblem. Sony Music is the group’s label.」

所属レコード会社のソニーが以下のように謝罪した。

「“We express our heartfelt apology for causing offense … because of our lack of understanding,” Sony Music Entertainment (Japan) said in a statement posted on its website. “We take the incident seriously and will make efforts to prevent a recurrence of a similar incident in the future.”
Sony Music spokesman Yasuyuki Oshio said there had been no intention to link the performance to Nazism.」
ソニーは「ホロコーストに理解が足りなかった、ナチと『link』する意図はなかった。二度としない。」と釈明しているのだが、

「The U.S.-based Simon Wiesenthal Center, a human rights group focused on anti-Semitism and hate speech, issued a statement Monday saying it was disgusted by the uniforms and calling on Sony Music and the group’s producer to apologize.
“Watching young teens on the stage and in the audience dancing in Nazi-style uniforms causes great distress to the victims of the Nazi genocide,” Rabbi Abraham Cooper, associate dean of the Wiesenthal Center, said in the statement.」
声をあげた米国の人権団体「サイモン・ウイーゼンタール・センター」のラビであるエイブラハム・クーパー師によると、謝罪を要求した理由は、ナチ・スタイルのユニフォームで10代の若者が聴衆を前にした舞台で踊ることは、ホロコーストの犠牲者に大きな「苦痛」を与えることになるからだという。
ホロコーストの事実に疎い日本の若者だからこそ敢て声明を発したという、同団体の意図が読み取れる。

「It’s not the first time that Sony has said it’s sorry after a complaint from the Wiesenthal Center. In 2011, Sony Music Artists Inc. apologized for a rock band under its management that dressed up like Nazis on a national TV broadcast. The Wiesenthal Center had expressed “shock and dismay” at the appearance by the band, Kishidan, on MTV Networks Japan.」
注目すべきだと思うのは、同センターのソニーに対する苦情が実は今回が初めてではないという指摘だ。ソニーの謝罪は2回目のようだ。更に興味深いのは

「Much of Asia is less sensitive about the use of Nazi themes than the West. The Wiesenthal Center has also protested incidents in South Korea and Thailand.」
という文面。西欧に比べるとアジアではナチズムについては鈍感なのだという。同センターは韓国やタイでも、同様の事件について抗議の声をあげているという。

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今回の日本の場合、在日本イスラエル大使館がこのアイドル・メンバーをホロコーストに関する特別セミナーに招待したいという意向を11月2日、公式TwitterとFacebookページで発表したらしい。イスラエル大使館はメンバー招待の理由について、「タレントさんは多大な影響力があり、皆様がこの重大な問題について知識を持つことが重要」としている。

11月4日付け Japan Times によれば
「The Embassy of Israel in Japan on Thursday referred to a Japanese all-girl “idol” group that drew criticism at home and abroad for wearing outfits resembling Nazi uniforms in its social media accounts, saying it will invite the band to a “special seminar” about the Holocaust.

“As entertainers wield a great influence, it is important for you all to have knowledge about this important issue,” the embassy said in posts on Twitter and Facebook addressed to Keyakizaka46, referring to the genocide of Jews carried out by Adolf Hitler’s Nazi Germany during World War II.

The posts did not contain details. Embassy officials were not immediately available for comment.」

これは当然の処置だろうと思う。
非難声明だけではなくて、ホロコーストを正しく理解するために、若者たちをセミナーに招待するということも理に叶っていると思われる。
指摘を受けたアイドルグループの若者も、おそらく驚いたことだろうが、不特定多数を対象とする「表現」の自由についてまじめに考える機会であれば良いと思う。むしろこの場合は、会社やプロデューサーなど「おとな」の責任と見識がシビアに問われることなのだろう。それでビジネスをしているのだから。

 

何年前か忘れたが、大阪市内鶴見区の花博会場で「アンネフランクとホロコースト展」を開催したことがあって、詳細な記憶は残っていないが私も参観したことがある。そのときの主催団体も「サイモン・ウイーゼンタール・センター」だったと思う。

それは「ナチ『ガス室』はなかった。」などという無責任な特集を組んで同団体からの抗議を受け、たちまち廃刊に追い込まれた日本の雑誌があった頃に近い時期だったと思う。問題点を「ガス室の有無」に矮小化したのだとすれば、そうした姑息な手段はかえって被害者の怒りを増幅させるだけだろう。

アウシュビッツ
アウシュビッツ

特に、ウイーンの友人の話では、最近は西欧で中東移民問題がきっかけで排外的な感情が高まっているだけに、同センターが指摘するような「anti-Semitism and hate speech」には神経を尖らせているのだろうと推測できる。
たまたまナチズムやヒトラーを描いた映画を見たり関連書籍を読んでいた折に、こうした出来事が起きたので大いに関心が湧いたのだが、やはりこれも戦後という時代を落ち着いて再考するための「現在進行形」のテーマなのだと痛感させられた。
さらに思い出すのは、上記ホロコースト展のときに、「では、日本の侵略戦争や植民地支配についてはどう考えるのだ」というような趣旨の疑問があがっていたように思う。

戦後70年余りたつものの、まだ本質的な解決には至ってないのだろう。その間に戦争の直接体験者は残りわずかになった。

ヒトラーに似た石膏の首像を作って壁に飾っていたいた、中学生か高校生頃の従兄弟を思い出した。別にファシストでもなんでもないのだが、要するに「ヒトラーのイメージ」に魔力のような吸引力があるのだろう。いかにも「力への憧れ」を喚起するからではないだろうか。
それはナチの「ショー・アップ」の巧みさが、現代でも大いに効果を発揮するのだろうと思う。
強いものへの暗い憧れ・・・・・・いわゆる「ミリタリー・ルック」も同様の現象なのだろう。

ヒトラー自身が今様に表現するなら、典型的な「ポピュリスト」の要素を帯びていたことは間違いない。あの演説場面での大袈裟なジェスチャーそれじたいが、とても胡散臭い。

そう考えると、今回のような無邪気なコスチューム騒ぎは今後もあり得ると思う。
たぶん、ナチズムやヒトラーの「魅力」・・・・・正しくは「魔力」というべきだろう・・・・・は人間性の深淵に潜む闇を衝いているのだと考えたほうが良いのだろう。

警戒心を解いてはいけないという教訓なのだろう。